瞑想の目的とは何か 
山 田 孝 男


「瞑想」は簡単にいうと、心を鎮め(雑念を鎮め)、より深く精妙な意識を自覚するための、肉体的、精神的行為の一切を意味しています。それは宗教の基礎になり得るものではありますが、宗教自体ではありません。

 瞑想者は、精神集中という手段を通じて、感覚と心の働きをコントロールします。そのとき、普段は自覚されていない意識の深い層が、意識化されてきます。意識を海にたとえるならば、表面の波は心に浮かぶ想念です。波がおさまり、水面が鏡のように鎮まったとき、海底にあるものが、ありのままに見えてきます。

 私たちの内的自己もこれと同じです。普段は絶えまなく働きつづける心が次々と生み出す想念の波のために、その波の下にある本来の自己の姿を自覚するのは難しいのですが、心が動きを止め、想念の波を作るのを止めたとき、はじめて、その本来の姿が見えてくるのです。

 ではなぜ、本来の自己の姿を自覚することが大切なのでしょうか。

 実は、私たちが生きているこの世界は心の働き(想念)によって創られたものに他ならないからです。苦しみや喜び、愛や悲しみを体験するとき、その原因は外側にあると普通考えますが、「それを体験する自己」が存在しなければ客観世界もありえません。

 世界はそれを見る「自己」があって、はじめて存在しうるのです。

 瞑想によって意識の深い層を自覚していけばいくほど、私たちはより自由になり、幸福感も増していきます。そして、心の波が完全に鎮まり、最深奥の意識が現れてきたとき、これこそ本来の自己意識なのですが、私たちは相対世界を超え、生死を超越した永遠の存在であることを悟ります。

 私は、これこそが、人間だれしも求めなければならない、人間本来の目的であると思っています。

 瞑想はそこにいたるための方法です。

(『瞑想のススメ』序文より抜粋)